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 公開日:2013年3月5日 

福島県からの自主避難者の日々の生活を書いていこうと思います

もうすぐあの3.11東日本大震災の大地震そして大津波から2年ですね。

2011年3月11日。あの日を境にすべてが変わってしまいました。たくさん思うことはありますが、まだなかなか言葉にできないのが現状です。

3.11東日本大震災があって、仕事場から自宅に帰ったら地震ですでに壊滅的な打撃を受けていて、水道、電気、、ガス、テレビ、電話回線、携帯基地局、すべてのライフラインは寸断されていました。

泥で埋もれ道路も家もすべてが土気色に変わり果てた故郷の風景に同化した、泥だらけの自宅の前に自動車を止め、大量の土砂や流木やどこからか流されてきた家財道具を分け入るようにして自宅内に入り、幸い無事だった通帳と印鑑、パソコン、タオル10枚、1.5リットルのペットボトルの水を車に乗せました。雪が舞い始めました。辺りが白く白銀に染められていきます。それから瓦礫と化した自宅のなかに入りました。

日もすっかり落ち、静寂のなか夜がやってきました。家の外を外を眺めると影絵のように淡い光が崩れかけた家々のいくつかの窓から見うけられ、絶滅ではなかったんだなとほっとしました。私は家族を待っていました。生き残ったなら自宅に戻ってくるはずだと。食べることも飲むことも忘れ、廃墟と化した暗闇の自宅のなかに一人佇んでいました。

3月11日の深夜に、幸い自分の家族がみな生き残っていて、自宅に戻ってきて再会を果たしました。食料も水もない。ガソリンも残りわずか。私はいったん家族全員で、福島県外へ避難することを決断することを心に決めました。それは2011年3月11日の深夜のことでした。

31年間生きてきたなかで一番長い1日…3.11はこうして終わりました。

この時は、まさか福島第一原子力発電所…福島県民のほとんどは第一原発と第二原発を区別せずに「福島原発」と読んでいましたが、まさか…これから爆発することになるとは夢にも思っていませんでした。

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