今、日本で疫病のように広がりつつある「甲状腺がんは他の死因で亡くなった人を解剖したときに多く発見される。だから福島の子供達の甲状腺癌も多発ではない」という主張に対し、川上浩一さんが2018年9月8日にご自身のツイッターで的確な反論をされていましたので許可を得て転載させていただきました。以下が転載内容です。
川上浩一氏のツイッターより
(1)福島の小児甲状腺癌を過小評価させる目的で、たびたび繰り返されるこの言説。
以前、「他の死因の人を解剖したときも多く発見されます」の元になるのは、スペインの論文(Occult carcinoma of the thyroid )と紹介しましたが、それだけでは不親切なので少し解説します。
(2)この論文では(A)と(B)、2つのグループを解析しています(Bの方が精密な解析)。(A)平均年齢67.9歳の625甲状腺サンプルから33例(5.28%)のオカルト甲状腺癌(彼らがOccult carcinoma of the thyroidと呼ぶもの。擬似甲状腺癌、ですね)が見つかり、平均腫瘍径は4.75mm。
(3)(B)平均年齢58歳の100甲状腺サンプルから22例のオカルト甲状腺癌が見つかり、腫瘍径は0.07mmから1.8mmの範囲で、癌の79%は1mm以下、とのこと。Aよりかなり小さなものを「オカルト甲状腺癌」としています。これらを福島で見つかった小児甲状腺癌と比べて見ます。
(4)福島県の甲状腺検査のサイトはこちら。
【本格検査(検査 2 回目)】結果概要<平成29年度追補版>を見ます。
「悪性ないし悪性疑いの小児甲状腺癌」71人(うち52人が手術)。彼らの平均年齢は16.9歳(震災当時12.6歳)、平均腫瘍径は11.1mmです。
(5)【本格検査(検査 3 回目)】実施状況を見ます。
「悪性ないし悪性疑いの小児甲状腺癌」12人(うち9人が手術)。平均年齢は17.1歳(震災当時11.2歳)、平均腫瘍径は15.7mmです。福島で「悪性ないし悪性疑い」とされた癌の腫瘍径の方がはるかに大きいことが一目瞭然です。
(6)元々、大人の甲状腺癌(10万人に8人)に比べ、小児甲状腺癌は発生率が低い(100万人に1~3人)とされていました。 福島での多発を説明するために、スペインの論文等で見られる大人の「潜在癌(オカルト癌)」がひっぱり出されたわけです。
(7)けれども、腫瘍径や転移の様子(スペイン論文ではBにおいて1例、福島では少なくとも20例)の違いから、スペイン論文の大人の甲状腺の「潜在癌」の知見に基づいて、福島での小児甲状腺癌に言及することはナンセンスである、と断言できます。
(7)-2山下氏らの総説に関して修正補足します。2017年3月時点で手術が施された甲状腺癌は125件。手術前は浸潤転移の兆候がなかった「微小癌」44件のうち20件に甲状腺外への浸潤転移が見られ、125件の77.6%にはリンパ節転移、2%には遠隔転移が見られた、とのことです。
(8)ところで、このスペインの論文に基づいた言説を流布しているのは「Fact Check 福島」だけではありません。私がこの論文や言説を初めて知ったのは越智小枝氏の記事でした。これは元々、石井孝明氏のサイトに掲載され今はアゴラ研究所のGEPRというサイトで見られます。
(9)問題箇所を抜粋します。注4がスペインの論文の引用です。「潜伏期が長い」例として言及しているわけですが、上述してきたように福島の小児甲状腺癌と比較することはナンセンスです。しかも、石井氏のサイトに掲載された初版では引用論文が間違っていて、私が指摘し彼らが訂正しました。
(10)また7%と22%という数字は(A)と(B)に対応すると考えられますが、Bは22%ですがAは5.28%です。7%に近い数字はこの論文中で6.5%という数字があります。これはポルトガルでの別の先行研究のオカルト癌の発見率です。混同したのでしょう。この点も越智氏に指摘したのですが、改訂されていませんね。
(11)「他の死因の人を解剖したときに多く発見される(ので福島の甲状腺癌は多発ではない)」というロジックをネット上で見かけましたら、上のような背景を思い出して下さい。ここまで読んで下さってありがとうございました。