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 公開日:2014年5月10日 

3.11福島第一原発事故を境に日本人は新しく目覚めた矢ヶ崎克馬教授

質問(質問者:東京都/60代/会社経営)
日本には相変わらず54基もの原発があります。矢ケ崎克馬琉球大学名誉教授の目から見て、福島原発事故後の日本は変わりましたか?

回答(回答者:矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授)
矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授

■原子力村は何も変わっていない

まずね日本の原子力発電を推進している人達は、福島原発事故後も何も変わっていないです。

原子力発電がたくさんの人達の命を奪う…底なしの危険性を秘めている。こう考えることができる日本の大企業も相変わらずほとんどゼロだと思います。

大企業の献金によって日本の政治が支えられています。今の政権も同様であり、政治が大企業のためにおこなわれています。

安倍晋三首相は福島第一原発事故後もインド、トルコ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など次々と…原発を売るお膳立てを、一国の首相自ら出かけて行って決め、大企業のセールスを手伝っている。

安倍晋三首相は、脱原発の時代の潮流に完全に逆行して日本を進ませようとしているけれども、これは止めさせなければいけないと思っております。

国民が自らの人権を守り平和を実現させていく政府を作り上げることが大切です。国民が選挙によってこの悪政に決着をつける力を持つ以外に、方法はありません。

■しかし国民たちは目覚め始めた

かたや市民サイドでは福島第一原発事故後にどんなことが目につくか?

市民の変化の著しい特徴はいくつかありますが、例えば子供達を放射能から守るため母子避難したお母さん達がたくさんいますね。福島原発事故が起こるまでお母さん達にこんな行動力があるなんて私は思ってもみませんでした。

事故後3年を経過しておりますが、苦労しながら様々な困難を克服して、子供の未来と健康を守ることを貫き通しています。

これらの放射能から避難してきたお母さん達が、原発事故当時の住所を聞くと福島県だけでなく関東や東京のかなりの広範囲からも避難してきている。

なんで避難を決断したのか?決断した理由をあえてお母さん達に聞くと、子供の体調の変化が観察されたので…避難しなければならないと思った、と言うお母さんが多いんですね。

放射能によって引き起こされる病気や症状などもきちんと学習して、原発事故後の自分の子供の体調の変化と一致する。こう感じたお母さんは周囲がどんなに説得しても「子供を守るためには今、避難しなければいけない」と確信して行動するんですね。

自分の子供を守るため、他のすべてを失うことになったとしても避難を決断できる。こういう強さと優しさと賢さを兼ね備え、愛にあふれたお母さん達が今の日本に何万人もいるわけです、もっといるかもしれません。

このお母さん達は、自分の目で客観的に物事を見て、判断して、行動する、という3つのことがちゃんと実行できている。

主権在民という言葉もあるけれど…国民は、国の主人公として必要な人格の中身を私は次のように考えています。物事を客観的に見ることができ、見たことに基づいて自分で判断ができ、その判断に基づいて責任もって行動できる、この3つの能力が主権者として人権を守ることのできる人間の素養だと確信しています。

こういう自覚した素養を持つお母さん達が増えている。それだけにこのお母さん達の判断と行動を受け止める側の私達も、自らの行動をもって答えなくてはならないと思っています。そして、これらの行動こそが日本の新しい社会の変革につながっていけば非常に嬉しい。

■『脱原発』個人が主役の新しい市民運動

もう一つ。市民運動としての反原発デモが毎週金曜日、首相官邸前や国会前でおこなわれています。2012年6月29日には20万人を超える大きな集まりもありました。

今までの日本の平和運動などは、政党別・系列別などに分断されておりました。1961年、アメリカによる日本支配政策として『ケネディ・ライシャワー路線』が導入され、日本の政治、労働組合、平和運動…あらゆるところに分断が持ち込まれたのです。もちろん市民運動にも分断が持ち込まれてしまったのです。

しかし、そういう分断された市民運動とは無関係に、今回の反原発デモは一市民が一個人として「脱原発」に賛同して、個人の自覚に基づいて集まり反原発で一点共闘している。これは大きな出来事です。

これまで支配されていたことに気付かなかった市民達が目覚め、仕組まれた脚本や舞台から自らの意志で飛び出し始めているということですから。

今も日本という国は、政治的な側面では今まで通りアメリカの言うがままになっています。アメリカに追随して大企業中心の政治がまかり通っています。主権者を守る政治がおこなわれておりません。この政治の在り方はまだ形の上ではちっとも変わっておらず、むしろ過酷さを増している感があるけれども、底流では新らしい市民の力が育ちつつある。

このことが福島原発事故後の日本で、大きく変わった点ではないでしょうか。

編集後記

矢ヶ崎克馬教授のイメージというと一般的には…福島第一原発が爆発した直後、福島県人の有志から「放射線測定器がない。そもそも放射線量さえわからない」との悲痛なSOSを受けて、矢ヶ崎克馬教授自らが放射線量測定器をもって沖縄県から飛行機で飛び立ち、福島県から関東・東京へ向かう道路に避難者の車が列をなして大渋滞を起こしている最中、躊躇することなく福島県入りして市民達と共に放射線量の測定をしながら被曝を防ぐためのアドバイスを昼夜問わず無料でおこなった、スーパーマンのような強いイメージを持たれる人が多いとは思いますが。

実際、矢ヶ崎克馬教授にお会いすると繊細で豊かな感性を持った紳士で、避難者の苦労話も「うん、うん」うなずきながら聞いて下さる心優しい方なんで、それで自主避難者のママさん達にも人気があるわけですね。

実は当時、矢ヶ崎克馬教授に福島県入りを要請した福島県人の一人が私の友人なんですが、先日一緒に食事をしていた際に、この話になって。福島原発事故直後、福島県の上空を放射性プルーム(放射性を帯びた雲のこと)が移動してきて街の上空に来た時に、矢ヶ崎克馬教授の持っていた放射線量測定器が突然、振り切れ始めた時の恐怖と驚きを淡々と語りながら改めて。

「矢ヶ崎克馬教授には福島第一原発事故の際にはずいぶんお世話になったな」とボソッとつぶやいたので。

「そうだよ、矢ヶ崎克馬教授のおかげで被曝量を減らせた福島県民はいっぱいいる。これだけの大恩があるのだから大事にしなきゃダメだよ(ToT)」と言った私でした。

矢ヶ崎克馬教授は、科学者ですから「良い」「悪い」「安全」「安全じゃない」はきちっと意思表示されますので、それが福島県民の農家から見て厳しすぎる。そういう意見をお持ちの人がいるのも確かなんですね。

でも山下俊一福島県立医科大学副学長が
「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません」
「(被曝など気にせず外で)どんどん遊んでいい」
「皆さん、マスクはやめましょう」
「100マイクロシーベルト/hを超さなければ、全く健康に影響及ぼしません」
と言っていた最中、矢ヶ崎克馬教授は科学者として、とにかく被曝量を少なくするための具体策を福島県内で市民に向かって熱心に伝授していました。

そういう矢ヶ崎克馬教授だからこそ、アドバイスをお願いしたい。そこが出発点だったはずですから。

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