質問(質問者:福島県/50代/専業主婦)
ICRP(国際放射線防護委員会)の言う1年間1ミリシーベルトの基準は本当に安全なんでしょうか。

回答(回答者:矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授)
矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授

■1年間1ミリシーベルトでも危険性はある

物理的に見るとまったく安全でないです。

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具体的にはセシウム137のγ(ガンマ)線のエネルギーを念頭に置いて計算しますと、1秒間に18,000本の放射線が体にぶち当たる。これがひっきりなしにずーっと1年間続いて…年間1ミリシーベルトになります。

人間の持っている全細胞あたりいくらぐらい電離されるか?(電離とは、電子を原子から離してしまう…電子を原子から吹き飛ばすこと。電離については放射線を浴びるとなぜ健康被害がでるの?で詳しく解説)
電離
人間の大人で60兆個の細胞があるというような、うんと荒っぽい見方をして計算すると1細胞に100個ずつ電離がもたらされる。

電離は分子切断に直結いたします。
ペア電子と電離放射線
電離されたものがすべて切られたままではなくて、生命活動は切断された組織をつなぎなおす能力をもっています。しかし免疫力や体力と言われる言葉で表されるように、つなぐことができなかったりつなぎ間違えが必ず生じるとされています。修復されずに残ってしまうものがあるわけです。

この実態を生物学的に見ると1つの細胞に1個ぐらいずつ異常が残ってくるという状態なんですね。

■ICRPが1年間1ミリシーベルトにした理由

なんで国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告「1年間1ミリシーベルトの基準」で手を打っているか?人間の健康を守る…ということに焦点を当てれば基準を「1年間1ミリシーベルトの基準」よりさらに低くせざるを得ない。

そうすると法定限度言い換えれば「法律で定められた基準以下に薄まっているなら外界に流してもいいです」という法定限度の議論と直結していくわけなんですが。法定限度を厳しくしてしまうとちょっとした放射能漏れでも原子炉をストップしないといけないようになる。原子炉の管理も厳しく、配管も分厚くしないといけない。つまり法定限度を厳しくしてしまうと原発は商売にならなくなってしまう。

ICRPのアララ(As Low As Reasonably Achievable) 原則、すなわち「社会的・経済的要因を考慮して程よく達成できる限り低く」という意味ですが、逆にいうと、なるべく被ばく量は低減するが、合理的でない防護を無理して行う必要はない、ということが防護の基本となっているわけです。「公益のためには犠牲があってもかまわない」という原理に基づいており、これ考え方は、憲法の精神である「個の尊厳」を真っ向から否定するものです。国家の都合なら個人の生存権を否定しても良い、戦争しても構わない、という考え方に相通じる考え方です。ICRPのこの考え方は、市民の健康を考えて決めた……わけでなく、原発の都合を優先しているわけです。

被曝することは、確率的に必ずがんで亡くなる大人や子供が増える。この事実をしり目に「原発の稼働によって、がんで亡くなる人がいるのは仕方がない」としている。

もちろんがんになるという被害を受ける側の市民が、相談されてこの原則を認めているというプロセスは一切ありません。

そういう意味で1年間1ミリシーベルトが設定されています。今は、世界のほとんどの国がICRPの勧告に従っているような現実があります。

この「年間1ミリシーベルト」自体が、原発の維持・推進を目的にした数値です。

ですからこの1年間1ミリシーベルトの根底にある考え方ICRPのアララ原則「公益のためには犠牲があってもかまわない」、こういう考え方を日本はやめて人間の尊厳を守り、人の命、健康を第一に考える基準にする。日本国憲法の25条には生存権「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあります。元々日本では、健康で生きる権利が明確に宣言されているわけですから、原発の維持・推進を目的にした数値年間1ミリシーベルトをやめさせる。もちろん原発自体もやめさせる。

■20ミリシーベルト

上述のように、原発の事故が起きたら1年間1ミリシーベルトが突然、1年間20ミリシーベルトに上げる。

福島第一原発事故が起きて、東京電力も日本政府も大変だから住民は20倍の被曝まで我慢しろ…と言う、これではそもそも国民の健康に生きる権利を保障できていません。「原発事故が起こったら人間の体は被曝に20倍強くなる」人間がもし、そういう生物だったら原発事故後に突然法定限度が20倍になるのも…やむを得ないですし、当然かもしれません。そうでないのに、今までの20倍の被曝まで我慢しろと言う、肉体的には原発事故前と何も変わっていないにもかかわらずです。

ICRPのアララ原則は、事故があったら、基準を20ミリシーベルトに吊り上げること自体を「公理」としてやってしまうのです。人間は、事故があったら放射線に対する抵抗力が20倍になる生き物ではありませんので、人の命を防護する基準が原発推進・維持のために簡単に破られてしまっているのです。この分野では民主主義の基礎である「個の尊厳」は完全に否定されているのです。

電力会社、日本政府の都合で住民は20倍の被曝まで被曝を我慢しろ。

1年間1ミリシーベルト以上の住民を賠償対象とするのと、1年間20ミリシーベルト以上の住民を賠償対象とするのでは莫大な賠償額の違いが出ますよね?原発企業優先、経済優先の考え方です。

福島第一原発事故に対する今回の日本政府の対応は、まさに許しがたいです。

編集後記
さて1年間にわたって連載してきました「教えて!矢ヶ崎克馬名誉教授」シリーズ(全10回)と「矢ヶ崎克馬の挑戦状(高難易度)」シリーズ(全4回)は、今回で…連載としては、最終回となります。

1.市民の皆さんからお寄せいただいた質問

2.矢ヶ崎克馬名誉教授が口頭で回答

3.私が文字お越しと編集を担当

という三者のコラボレーションでやってきた連載だったわけです。

役立つことは本にまとめて商業出版する…のが当たり前の日本で、あえてインターネットで全部無料で公開しちゃえ!という、ある意味…恐ろしい企画だったわけです。

矢ヶ崎克馬名誉教授自身は、もちろん今もいくつもの出版社から「本出しませんか?」とお誘いを受けているわけなんですが連載を引き受けて下さいました。

国内や海外の学会を忙しく飛び回って多忙な中、矢ヶ崎克馬名誉教授には非常に丁寧に回答していただきました。本当にありがとうございます!

もし、少しでもあなたの疑問や不安の解決に役立ったとしたら、これにまさる喜びはありません。

もちろん連載という形では今回が最終回となりますが、ご存知のように福島第一原発事故は未だに収束していません。ですから今後も不定期に矢ヶ崎克馬名誉教授からの記事をご紹介できると思います。

1年間連載を読んで下さった、皆さん一人一人に感謝しつつ、これにて連載を完結しようと思います。ありがとうございました!

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