琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬
年内にも「中間取りまとめ」で、甲状腺検査縮小を勧告しようとしている環境省の長瀧会議(東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議)は住民に対する健康管理を切り捨てようとしているものです。
甲状腺がん発生についての科学的考察を発表します。 |
(1)エコーによるスクリーニングという方法で昔の触診に頼る方法と異なる精密な検査方法をとっているがゆえに甲状腺がんが「多発している結果」になっているのでのだという説がありますがそうでしょうか。検査方法のせいではなく、本当に甲状腺がんは多発していると思います。
Shibata,Yamasita et al., Lancet, 2001: 358(9297), 1965 によれば、ベラルーシにおいて、チェルノブイリ事故が発生した時 ヨウ素を吸入した(可能性のある)子と事故後生まれてヨウ素吸入が無い子供それぞれ1万人弱(9720人と9472人)についてスクリーニングを行いました。
事故前に誕生 | 事故後に誕生 | ||
生年月日 | 1983年1月1日~ 1986年4月26日 |
1986年4月27日~ 1986年12月31日 |
1987年1月1日~ 1989年12月31日 |
甲状腺がん | 31人 | 1人 | 0人 |
調査人数 | 9720人 | 2409人 | 9472人 |
その結果は、事故前の1983年から1986年の4月26日までに生まれた子には、検査した9720人中31人の甲状腺がんが認められ、事故後生まれの子の甲状腺がん患者は9472人検査した中で0人である、というデータを発表しています。※1
ここで重要なことは甲状腺がん発生の第一の要因と考えられている放射性ヨウ素を吸い込んでいない子には、甲状腺がんは認められていないことです。同じスクリーニングでこのような結果が報告されていることを考慮すると、福島で甲状腺がんがたくさん見つかっていることを検査方法のせいにするのは科学的には受け入れられないことです。
甲状腺がんと考えられる103人の福島県の子供達を市町村別に分類し、その市町村の子供達の何人に1人が発病したか?を色分けしたのが下記の地図(【最新】福島県小児甲状腺がん患者数より転載)となります。
地図の右側の真ん中にある×が福島第一原発です。
■…1人~999人に1人が発病
■…1000人~1999人に1人が発病
■…2000人~2999人に1人が発病
■…3000人~3999人に1人が発病
■…4000人~5999人に1人が発病
1人~999人に1人が発病している地域から4000人~5999人に1人が発病している地域までが確認されています。発見の対人数の規模は、9472人検査した中で0人だったベラルーシの検査規模に比較して小さく、十分ベラルーシで確認された「放射能によるがんが出る可能性の無い子どもには甲状腺がんが認められない」という調査結果が当てはまる条件で、甲状腺がんが発見されていることがいえます。
スクリーニングというかつてない検査法方法をとっているから「成人になってから発症する可能性があったものを早期に発見した可能性を示唆している(鈴木真一氏)」という論理はとんでもないものです。
(2)がんの発生までの期間については、放射能環境にない場合と放射能環境で外部被曝も内部被曝も継続的に受けている環境とで、異なってよいと推察します。
放射能汚染の無い状況と違い、放射能環境下では、体内で常に人工放射線による電離が行われて異常DNA結合が常に発生しています。バイスタンダー効果もあり、DNAの異常結合は放射線がヒットした周囲に広がります。このような状況で異常細胞の蓄積成長の速度は速くなって当然と考えられませんか?がん発生までの期間がずいぶん短縮される可能性があります。平和な時代や地域の発病までの期間をそのまま当てはめるわけにはいきません。放射能被曝量が多いほど発がんまでの期間が短いというような関係はこのことを裏付けていると判断します。また、チェルノブイリ周辺のがん発生の事実は原発事故1年で増加を始めています。これはこのことをさらに裏付けていると判断します。
(3)チェルノブイリ周辺のがん発生の事実は原発事故1年で増加を始めています。フクイチ事故後もチェルノブイリの汚染地域と同様な現象が出ている可能性を否定するのは科学的ではありません。ベラルーシの事故後の甲状腺がんの発生はエコースクリーニング開始以前に(1986年その年にもすでに)増加が認められています。事故に同期して増加が始まるというのはまさに甲状腺がん多発は放射線によることを裏付けています。このことは福島にも適用して当然です。
(4)福島県民のヨウ素の内部被曝、その他セシウムを主とする放射能環境の程度はきちんと整理されていないところがあります。国が発表している実効線量などは環境放射能の強さをそのまま表す吸収線量(概念的には環境から受ける照射線量)の60%程度の値を発表していて、はなからチェルノブイリ周辺での空間線量値を直接比較できる数値となっていません(スピーディーの値など、ほとんどが予防線量という名目で実効線量がつかわれています)。
汚染量ですが、一般には噴出した放射能総量で議論されていますが、チェルノブイリは地上6000メートルまで噴き上げ、福一は100メートル規模です。まき散らす範囲が桁違いに異なります。フクイチ周辺の汚染はチェルノブイリ周辺より軽微だという理解は全く異なります。拙考察を「子どもの地球新聞」に発表していますが、福島県内規模の領域で考えれば高濃度の汚染領域は福島県内の方がベラルーシより広いことが指摘できます。もし放射線による甲状腺がんが発生するならば、福島の方がベラルーシより深刻である可能性があります。加えて福島市の方がベラルーシより人口密度が3倍あります。地域に現れる被害規模は福一の方が大きいのが予測です。
(5)Valentinnaらによる『Screening programs for early Diagnosis of thyroid cancer and other thyroid disorders in Belarus after Chernobyl accident』(2013 )は窒素化合物の摂取量で放射能環境下での甲状腺がんの発生率が一桁も違う可能性を報告しています(同程度の放射線被曝で窒素化合物の多いところが10倍以上発生率が高い)。日本(福島県)は豊かな農業を発展させていて、人々の窒素化合物の摂取量はベラルーシの摂取量よりはるかに多い。日本での体内窒素取り込みは一日摂取許容量の2.2倍(6歳以下)から1.6倍(7歳―14歳)と特に多い状態です。
窒素化合物の放射線環境下での発がん影響があるとすると日本の甲状腺がんの発生はベラルーシより深刻である可能性があります。
(6)下記は遺伝子変異のパターンで放射線起因なのかそうでないかを判定したそうですが、果たしてできるでしょうか?できないと思います。
福島医大甲状腺内分泌学講座の鈴木真一教授が14日、大阪市で開かれた日本甲状腺学会学術集会で発表した。これまでの甲状腺検査でがんと確定したか、疑いがあるとされた人は計103人いる。発症割合などの科学的知見から県や福島医大は「現時点で放射線の影響は考えにくい」としてきたが、遺伝子レベルの分析で見解が裏付けられた格好だ。
学術発表によると、県民健康調査関係で遺伝子解析したのは、103の症例のうち、がんとされた23人分。ほとんどが国内の成人の甲状腺がんによく見られる遺伝子変異で、チェルノブイリ原発事故後に甲状腺がんになった子どもからはほとんど見つかっていない。さらに、チェルノブイリで多く見られた遺伝子変異は23人中、1人も見つからなかったという。 当時18歳以下だった全ての県民を対象にした網羅的な検査で発見された甲状腺がんについて、福島医大は「成人になってから発症する可能性があったものを早期に発見した可能性を示唆している」と分析している。 |
日本人とベラルーシ人が同じ遺伝子構造を持っているのではありません。さらに環境因子や体内の化学因子の違いはDNAに変異しやすい弱点あるいは傾向をもたらすにちがいありません。放射線は変異しやすいところを集中的に増幅するとみるべきではないでしょうか?(5)で述べた「ベラルーシにおいて窒素化合物の摂取量で放射能環境下での甲状腺がんの発生率が一桁も違う可能性」は雄弁に、そのことを支持しています。もちろん環境因子などが変われば、放射線起因ではないがん細胞中の遺伝子変異は地域がかわると異なるDNA変異パターンを生ずるということが土台にあります。地域別のDNA変異の仕方は、それぞれ地域によって異なることが予想されます。
すなわち、ベラルーシ地域での放射線はベラルーシ地域のDNA変異パターンでがんを増幅させ、日本は日本のDNA変異のパターンでがんを増幅するのではないかと思います。
環境的因子として、海産物のコンブなどの摂取の違いと、農業の状況、土地の豊かさなどが窒素化合物の体内保有量の違いをもたらし、この事情等の異なる日本とベラルーシは遺伝子変異のパターンがもともと異なる可能性があります。放射線起因の遺伝子変異はその特徴を増幅させるのだと思います。
以上、市民研究者的に条件模索をしましたが、福島の甲状腺がんは放射能によるとみるべき可能性がそろっているように思います。そしてベラルーシなどより発生数も多くなることが懸念されます。
少なくとも「原発事故と関係ない」と言い切ることは全くの非科学です。
現時点では数年後の多発に備えて医療体制を整備させ、周辺の県に甲状腺がんのスクリーニングを拡大することこそが必要事項です。
福島同様に放射性ヨウ素が放出されたチェルノブイリ周辺では、甲状腺ガンのみでなく、びまん性甲状腺腫、結節性甲状腺腫、甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症等が事故後顕著となっています。その他あらゆる健康不良が慢性化しています。これらに対する医療体制を整えることこそ必要なのです。
+編集後記
この記事は、矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授よりメールで急きょ寄稿していただいた未発表の論文です。ですので、いつもの記事…矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授の話した内容を私が文字お越しした文章とは文体が異なっていると思います。話し言葉でなく、書き言葉ですので。
一覧表を足したり、新聞記事から一部引用したりなど…この記事をよりインターネットで読みやすくするための文字や構成の編集は、いつものように私のほうでさせていただきました。
ですので誤字脱字誤記載ありましたら私のミスです。矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授のミスではありません。
そうそう、なぜ急きょ寄稿していただくことになったかといえば、冒頭にあった甲状腺検査自体の縮小を日本政府…具体的には環境省がやろうとしていて、それを国に止めさせて、逆に福島県外の子供達への甲状腺検査の拡大をする必要性を訴えなければならないということで、矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授が急きょ、スクランブル発進かつ全力投球で書き上げてくれた感じです。
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※1 https://echo.colostate.edu/ess/echo/presentation/d6ddb666-85bd-48a3-8d83-a691910906be
※2 http://www.minpo.jp/news/detail/2014111519239