今回は、チェルノブイリ原発事故後に多発した甲状腺がんについて再検証してみようと思います。
再検証に使うのは良くも悪くも…この分野の第一人者である山下俊一長崎大学副学長の資料が中心です。
押さえるべき重要なポイントは、この4つだけです。
【1】子供の甲状腺がん増加は原発事故から4、5年後? 【2】原発事故後に誕生した子供の甲状腺がんも増えた? 【3】原発事故後に日本の子供の甲状腺がんも増えた? 【4】大人の甲状腺がんは増えた? |
Q【1】子供の甲状腺がん急増は原発事故から4、5年後?
まずは定説となっている『子供の甲状腺がん急増は原発事故から4、5年後』から再検証してみましょう。
検証に使うのは山下俊一長崎大学副学長が作成したベラルーシ・ゴメリ州の小児甲状腺がん患者の資料※1です。
↓縦軸は原発事故時に何歳だったか?
→横軸は原発事故から何年後にがん登録されたか?
見やすいように私のほうで四色に色分けしてあります。原発事故が起きる前の-1年と原発事故が起こった0年は、0歳~17歳の全年齢でがん登録は1年に1人だけですから平常ということですべての年齢を■青。
9歳以下は甲状腺がん増加前の事故後1年~3年は■緑色に、甲状腺がん増加後の4年以降は■赤に。
10歳以上は1年後から甲状腺がんが増え始めていますので■黄色に染めました。
見ての通り…この資料から言えば、子供の甲状腺がん増加は原発事故の4、5年後とする定説は間違っています。10~17歳の年代は事故の1年後から甲状腺がんが増えているからです。
さらに事故当時0歳~9歳の年代と10歳~17歳の年代では甲状腺がんの増加の傾向が違っていることがわかります。
0歳~9歳の年代では、事故後1年~3年の甲状腺がん患者数は4人にすぎず、10歳~17歳の年代8人の半分にすぎません。しかし原発事故後4年になると突如14人。たった1年間だけで10歳~17歳の年代の3年分の合計人数を抜き去って…その後も爆発的な増加が続いています。
10歳~17歳は、原発事故の1年後から増えていますが、4年後も急増することなく推移し、一覧表の一番右側にある12年間の合計を見ると12人前後が多いですから、各年齢1年に1人くらいが発病と一定していることがわかります。
ところで今回の一覧表では0歳~9歳の年代は原発事故から4年後に甲状腺がんが増加していました。10歳~17歳の年代は原発事故1年後に甲状腺がんが増加していました。
年代 | 増加は何年後? |
0~9歳 | 4年後 |
10~17歳 | 1年後 |
しかし実は…もっと前から甲状腺がんが増加していた可能性があります。
というのはチェルノブイリ原発事故後の数年間は、高性能のエコー診断装置がない状態で触診に依存した診察がおこなわれていたからです。
2014年3月11日に放送されたニュース番組『報道ステーション』においてチェルノブイリ原発事故当時からウクライナ内分泌代謝研究センターの所長を務めているミコラ・トロンコ所長はこう語っています。
「(チェルノブイリ原発事故)当時のソ連(現在のウクライナ、ベラルーシ、ロシアなど)に高性能のエコー診断装置はなかった。1989年か1990年になってアメリカの大富豪などからエコー診断装置の寄贈を受けた」
チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年4月26日です。
つまりチェルノブイリ原発事故後3年か4年たって初めて高性能のエコー診断装置が導入された。ということはそれ以前、チェルノブイリ原発事故後0年~2年または0年~3年の間、当時のソ連では高性能のエコー診断装置がない状況で診察がおこなわれてきたということです。
そして一覧表では、高性能のエコー診断装置が導入された原発事故の4年後から0歳~9歳の年代の甲状腺がんの登録数が爆発的に増加しています。
よって0歳~9歳の年代は原発事故から4年後。10歳~17歳の年代は原発事故1年後に甲状腺がんが増加した…と言うより増加が確認されたと言ったほうが適切だろうと思われます。
高性能のエコー診断装置の導入がもっと早ければ、もっと早く見つかったかもしれませんから。
そして年齢を限定せず単に子供の甲状腺がん増加を語る場合には、事故から1年後に甲状腺がんの増加を確認したと言うべきでしょう。
※なおチェルノブイリと福島県との比較は福島の甲状腺がんと子供達→原発事故の現在は?をご覧下さい。
【1】子供の甲状腺がん増加を確認したのは原発事故から1年後。 |
Q【2】原発事故後に誕生した子供の甲状腺がんも増えた?
2013年3月11日に山下俊一氏がアメリカの米国放射線防護協会でおこなった講演で使われた資料※2。この中に甲状腺がんになった子供をチェルノブイリ原発事故前に生まれた子供達とチェルノブイリ原発事故後に生まれた子供達に分類したパワーポイントがあります。なお英語のままだと混乱すると思いますので私のほうで日本語に翻訳してあります。
事故前に誕生 | 事故後に誕生 | ||
生年月日 | 1983年1月1日~ 1986年4月26日 |
1986年4月27日~ 1986年12月31日 |
1987年1月1日~ 1989年12月31日 |
甲状腺がん | 31人 | 1人 | 0人 |
調査人数 | 9720人 | 2409人 | 9472人 |
原発事故前に誕生していた…ということは原発事故によって放出されたヨウ素131を呼吸や母乳、飲食物を通して甲状腺に取り込んだ可能性があります。そして、このヨウ素131こそ原発事故後に多発した甲状腺がんの原因と指摘されています。調査人数9720人のうち31人が甲状腺がんでした。
それに対して原発事故後に誕生した…特に原発事故から8ヶ月以上過ぎチェルノブイリからヨウ素131が姿を消した後に誕生した1987年1月1日~1989年12月31日をご覧下さい。調査人数9472人のうち甲状腺がんだったのは0人でした。
つまりヨウ素131が消え去った…原発事故後に誕生した子ども達の甲状腺がんは増えなかった。
※なおこの資料を矢ヶ崎克馬教授が解説した記事『矢ヶ崎克馬教授がスクリーニング効果を全面否定』もあります。
【2】原発事故後に誕生した子供の甲状腺がんは増えなかった。 |
Q【3】原発事故後に日本の子供の甲状腺がんも増えた?
チェルノブイリ原発事故の影響が日本にも及んでいたかどうか?実際に、日本とチェルノブイリの小児甲状腺癌のデータを見て確認してみましょう。
日本でよく言われる100万人あたり何人が小児甲状腺がんになるか?という形で統一し、さらに原発事故後何年で甲状腺がんが増えるか?が一目で分かるように1年ごとの年表にしてみました。
情報源は、日本は国立がん研究センターがん対策情報センター※3、ベラルーシは長崎大学…これは山下俊一長崎大学副学長が作成した資料※4です。ウクライナは、京都大学のホームページに掲載されているウクライナ科学アカデミーのドミトロ・M・グロジンスキー氏の資料※5です。
このように元々3つの資料はバラバラですので甲状腺癌の定義に微妙に違いがあります。
日本は実測を元にした推定罹患数(りかんすう、新たにがんと診断された数)、ベラルーシは小児甲状腺がんの手術件数、ウクライナは小児甲状腺ガン症例数です。
この一覧表における小児の年齢の定義は、日本は0~19歳まで。ベラルーシだけは2つ列がありますが左は0~14歳、右は15~18歳です。ウクライナは、事故当時0~19歳だった者です。
その他の違いについてはそれぞれの論文・資料をご覧下さい。
チェルノブイリ原発事故 | ||||
原発事故から | 日本 | ベラルーシ | ウクライナ | |
0-19歳 | 0-14歳 | 15-18歳 | 0-19歳 | |
0年 | 0人 | 0人 | 3人 | 1人 |
1年 | 0人 | 1人 | 8人 | 1人 |
2年 | 1人 | 3人 | 3人 | 1人 |
3年 | 1人 | 2人 | 2人 | 2人 |
4年 | 2人 | 12人 | 6人 | 4人 |
5年 | 2人 | 23人 | 14人 | 4人 |
6年 | 3人 | 29人 | 10人 | 8人 |
7年 | 2人 | 34人 | 29人 | 8人 |
8年 | 2人 | 35人 | 32人 | 10人 |
9年 | 1人 | 40人 | 38人 | 13人 |
10年 | 1人 | 38人 | 30人 | |
11年 | 1人 | 31人 | 42人 | |
12年 | 2人 | 26人 | 56人 | |
13年 | 2人 | 25人 | 66人 | |
14年 | 2人 | 17人 | 95人 | |
15年 | 2人 | 7人 | 113人 | |
16年 | 2人 | 0人 | 97人 |
つまりチェルノブイリ原発事故後に日本の子供達の甲状腺がんは増えませんでした。
蛇足になりますが、ベラルーシの0-14歳は事故後15年に100万人中7人、16年には0人となっています。小児甲状腺ガンは減ったのか?といえば違います。事故当時の0歳-14歳は事故後15年には、すべての子ども達が隣の統計15-18歳に移動したにすぎません。事実、15-18歳は事故後15年に100万人中113人という最高記録を出しています。
※なおチェルノブイリと福島県との比較は福島の甲状腺がんと子供達→原発事故の現在は?をご覧下さい。
【3】原発事故後に日本の子供の甲状腺がんは増えなかった。 |
Q【4】大人の甲状腺がんは増えた?
ベラルーシ科学アカデミーのM.V.マリコ氏の「ベラルーシの青年・大人の甲状腺ガン」という資料※6があります。この資料は、チェルノブイリ原発事故前7年間とチェルノブイリ原発事故後7年間の甲状腺がん数を大人(ベラルーシでは15歳以上)と子供(14歳以下)に分類したものです。
比較しやすくするため増加倍率を加筆するなど私のほうで再編集してあります。
チェルノブイリ原発事故 | 増加倍率 | ||
年齢/期間 | 事故前7年間→ | 事故後7年間 | |
子供 | 7人→ | 333人 | 47.5倍 |
大人 | 1131人→ | 2907人 | 2.5倍 |
大人は2.5倍……それこそスクリーニング効果…つまり甲状腺の検診機会が増加したことによって、潜在的な甲状腺がん患者がたくさん見つかっただけで……大人の甲状腺がんは増えていないんじゃない?そう考える人もいると思います、が、しかし。
広島県在住の甲状腺外科専門医でベラルーシで繰り返し診察をおこなってきた武市宣雄医師は、2006年放送のNHKスペシャル「汚された大地で~チェルノブイリ20年後の真実~」※7で、ナレーターを通してこう見解を述べています。
数年前から中年女性の甲状腺がんが目立って増えてきたと実感しています。 吸収した放射性ヨウ素の量が少なかった大人も被爆から20年たった今になって、次々と(甲状腺)がんを発症している可能性があると考えています。 |
日本、そしてベラルーシで繰り返し診察をおこなってきた甲状腺外科専門医の目から見て、日本とは違い…ベラルーシの大人の甲状腺がんは増えていると実感している以上…スクリーニング効果ではなく、やはり大人も甲状腺がんは増えたと考えるほうが自然ではないのでしょうか。
【1】子供の甲状腺がん増加を確認したのは原発事故から1年後。 【2】原発事故後に誕生した子供の甲状腺がんは増えなかった。 【3】原発事故後に日本の子供の甲状腺がんは増えなかった。 【4】原発事故後に大人の甲状腺がんは増えた。 |
▼この関連記事が一緒に読まれています(^O^)
≪福島原発事故と小児甲状腺がんシリーズ≫
★福島の甲状腺がんと子供達→原発事故の現在は?
★宮城県丸森町→子供の甲状腺がんを福島県と比較
★茨城県北茨城市の子供3人→甲状腺がんと診断!
★チェルノブイリ原発事故の甲状腺がん→山下俊一
★福島医大が小児甲状腺がんを事実上隠蔽していた
★福島の子供より東電社員が大事→甲状腺がん労災
★矢ヶ崎克馬教授がスクリーニング効果を全面否定
※1http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/bunka5/siryo5/siryo42.htm
※2https://echo.colostate.edu/ess/echo/presentation/d6ddb666-85bd-48a3-8d83-a691910906be
※2https://docs.google.com/file/d/0B3fFCVXEJlbvWmJRTlZXSTJhS28/editの11枚目
※3http://ganjoho.jp/professional/statistics/statistics.html
※4http://www-sdc.med.nagasaki-u.ac.jp/coe/jp/activities/elearning/lecture/02-02.html
※4http://depts.washington.edu/epidem/Epi591/Spr09/Chernobyl%20Forum%20Article%20Cardis%20et%20al-1.pdf※リンク切れ
※5http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Grod-J.html
※6今中哲二編纂「チェルノブイリによる放射能災害」218p
※7https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011029203SA000/